いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

はてなダイアリーから移行しました。古い記事ばかりになりましたが、ボチボチ更新していこうと思います。

いち在日朝鮮人のkinchanに在日特権は適用されているのかを検証する(3)通名編

それでは、ネット上で転がっている「在日特権」を自分に当て嵌めて検証してみようと思います。

その前に、特権とはなにか?その定義を考えてみましょう。辞書で「特権」を引いてみますと以下のように載っています。
  特定の身分・階級や資格のある人にだけ与えられる他に優越した権利。(明鏡国語辞典 大修館書店)
つまり要素としては以下の2つということになります。
1)特定の身分・階級や資格のある人にだけ与えられること。
2)他に優越した権利であること。
在日特権」に言い換えますと、
元帝国臣民たる在日コリアンが、
在日コリアンであるという身分のみで当然に、あるいは申し出るのみさえすれば、
・日本人よりも優越した権利が与えられる場合、
特権ということができるでしょう。

ちなみに、界隈の連中は、権利付与の優越が、「在日コリアン>日本人」というに加えて、「在日コリアン>ニューカマーの外国人」、果ては「在日コリアン>一時的・短期的に来日している外国人」という図式を持ち出して、「ほら優遇されているじゃないか!」という図式を捻りだそうと必死になっていますが、前の稿にも書いたとおり、我々在日コリアンは日本の植民地支配によって大量に作り出され、過去に帝国臣民であった人間です。比較的最近になって自由意志で出稼ぎに来たり、観光で来てる人とは違い、100年近く日本に定住しているという歴史があります。何世代にもわたってこの地で命を繋ぎ、各地域に市民として根付いている者と、旅行者や短期滞在者を同列に見なすというのは、乱暴というよりただのアホでしょう。従って、本考察では「在日コリアン>日本人」の図式で提示されているもののみを論じることとし、他は原則割愛します。

在日特権」を拾うソースとして、最も相応しいのは、何といっても悪名高きWikipediaでしょう。国士さまがたの偏狭かつ恣意的な論述により、実にくだらないことまで特権扱いされ、いい感じに仕上がっております。これを基本のネタとし、論を進めたいと思います。<通名の公的使用>
【言い分】通名を使って、日本人として振る舞うことができる。日本で生まれ、日本語や日本の文化、社会的慣習を身につけた外国人が日本語の通名を名乗っている場合、外国籍であることの識別は難しい。

第一に、通名を「使わざるを得ない」状況にあるのは特権なのでしょうか?在日コリアンが、「金さん」「高さん」ではなく、「金本さん」「高山さん」などと名乗っている状況は、とりもなおさず日本に根強い差別、偏見、蔑視が残っていることを示しています。創氏改名に象徴的な民族抹殺の悪夢から解放されたはずの在日コリアンが、日本で生きるためになおも使わざるを得ないのが、通名なのです。
界隈の連中の言い分としては、「ガイジンが日本人のふりしていられるから特権」ということなのですが、「日本人のふりができる」のが特権なのか、「朝鮮人とバレない」から特権なのか、何が言いたいのかは分かりませんが、通名を使って、コリアンとしての出自を隠し、日本人のふりをし、自分が朝鮮人であることをバレないようにふるまわなければならないことが、「特権」などとは程遠い状態であることは明白でしょう。

第二に、通名を公的に使用できるというのが何を指すのか、ネトウヨどもの他の記述から察するに、会社で使えるとか、その名前で預金通帳が作れるとか、を指すようですが、こんなものは特権でも何でもありません。
芸名で知事選に立候補し当選した人、実際知事になっても芸名で公務をこなしていた人、現在の国会議員にも芸名で仕事をしている人が何人かいます。彼らは紛れもなく公人ですが、芸名(通名)で社会生活を送っています。他にも結婚した人が旧姓のまま仕事を続けるとか、性同一性障害の男性が女性の名前で仕事することもあるでしょう。界隈の連中の理屈でいくと、これらの方も「特権」として批判しなければいけませんが、そのような論調を彼らから聞いたことがありません。当然です。彼らは我々が「通名を使うこと」が気に入らないのではなく、「朝鮮人が嫌いだから」いろいろ言っているのですから。もっとも、国会議員は、公的文書まで芸名で発することはできないようですが、それも我々在日コリアンが運転免許証には本名がきっちり書かれているのと同じことです。
在日コリアン通名で銀行口座を開設する際は、公的身分証明書に記載されている通名であれば認められるようですが、当然に公的な身分証明書には本名が明記されていることがほとんどですので、犯罪行為を行うべく口座を作りたいのなら、公的文書を偽造する必要があり、それはただの犯罪行為であり、日本人でもコリアンでも駄目なものは駄目ですので、やはり特権でも何でもありません。

kinchanは親から与えられた通名を使わない生き方を意図的に選びながら、通名を排除しながら生きてきましたが、通名を使って生きる人の気持ちは痛いほどわかります。
周囲の色眼鏡から自らを守る、無用な対立項を持ち込まない、親から与えられたので、等々理由は様々でしょう。
しかし背景には、日本社会の閉鎖性、空気感、「よそ者=邪魔者」思想が横たわっていることを認識すべきで、「特権」などとは程遠いのです。<犯罪事件の通名報道>
【言い分】報道機関では編集や校閲についての社内規程で通名を優先して掲載する場合が多いために、主に通名を名乗っている在日韓国・朝鮮人などが容疑者として挙げられた事件では、本名を出さず通名のみを用いる報道機関が存在する。

根本的な話として、犯罪報道において書かれる氏名が本名か通名かというのは、その会社の執筆基準、編集基準によって決められるもので、通名を使うのが特権云々と難癖をつけたいのであれば、報道機関に言うべきです。たぶんマスコミには相手にされないですので、構ってほしいから在日コリアンに言ってきているのでしょうが。
在日コリアンにとっての通名とは日本での社会生活における本名であり、永くその名前で社会生活を送り、社会的地位を積み上げてきた名前です。テキトーなハンドルネームなどとは意味合いが違います。まさか「ペンネームで報道するな!」的な発想なら、それこそくだらない難癖であり、「暇じゃないんだからもう少しまともなこと言えよ」のレベルです。
普通に考えれば、報道で採用される名前は、社会生活上使っている名前かどうかで取捨するものと考えます。実名報道するということは、本人と特定させることを意図にそうするのであるから、例えば、日本名で活躍している有名人が犯罪を犯したとして、社会的に認知されていない朝鮮名で報道しても、誰のことだかわからなければ報道の意図が叶わないでしょう。界隈の会長が逮捕されるとして、それを報じる新聞等が、本名と通名を併記することはあっても、「高田誠」とだけ書くことはまずないでしょう。それと同じことです。(私は被疑者段階での実名報道自体に否定的だが、それはこの際置く)

もっとも、界隈の連中が本名での実名報道にこだわるのは、それが本名か通名かを知りたいのではなく、犯人が日本人か朝鮮人かを知りたいからのようで、ガイジン、朝鮮人の犯罪を顕在化させることで、新たな攻撃の材料にしたいからと思われます。それこそ普段から重箱の隅にも転がってないようなネタを掘りだしてきて攻撃する彼らですから、朝鮮人の不逞行為は喉から手が出るほど欲しいはずです。「日本人ではない、朝鮮人の犯罪がまたありましたよー(^O^)/」という感じで。
しかし、犯罪がどの人種によって引き起こされたかということは、「人種峻別」の材料にこそなれ、本来は関係の無い話です。警察や公安が社会属性を統計的に収集することまで云々する気はないですが、憎むべきは犯罪の「行為」であって人種ではないはずです。日本人の犯罪は全然OKだが、朝鮮人なら絶対NGなんて話が通用する訳がありません。
よく、朝鮮人の犯罪率は云々という話を耳にします。その真偽は知る由も無いですし(ソースがくだらなすぎる)、仮にそうだとしても、そのようなカテゴリ分けを持ちだして人種を選別し偏見を煽る意図こそを疑うべきで、犯罪率を人種排斥、印象操作の材料に持ち出す、その背景、思考回路こそを「腐った目」であると指弾すべきでしょう。

私に当てはめると、こうなりますね。
「犯罪を犯す在日朝鮮人が居る」→「kinchanは在日朝鮮人である」→「kinchanは犯罪者予備軍だ」
アホ過ぎる短絡思考の三段論法でみっともないですが、ネット上では平気でこのような図式の論法が垂れ流されています。まずそこから疑わなければならないでしょう。
kinchanが犯罪者として報道される目に遭ったとしたら、、、各報道機関で報道する価値を含めて責任持って決めてください、としか言えません。
私には通名ありませんからね、「特権を行使して是非通名で」と言うこともできない。来るべきその日のために通名拵える気もないです。逮捕されないように真面目に生きるだけでしょう。

次の稿も、別の「在日特権」を拾ってきて論じてみたいと思います。