「日経ビジネス」の駄文に呆れる
残念ながら、公私ともにクソ忙しいので、ブロガーとしては休眠状態だ。この間、安倍首相とか在特会とか、私が住む大阪市の橋下徹とかが、我先にと愚を競い合っていたので、ネタには事欠かないのだが、いかんせん時間がない。
ところで、私は本業はサラリーマンで、たまにはビジネス誌も読む。「日経ビジネス」は定期購読が安かったので、かれこれ4年以上読んでいるのだが、ここ数年の、ビジネス誌らしからぬ政治ネタ偏重、筆致の劣化具合に、購読を停止しようと思案していたところだが、それが確信に変わろうとする決定的な記事に遭遇した。記録するにふさわしいので残しておく。
日経ビジネス 2013年5月13日号 145頁 『往復書簡』中の、『編集部から』
(引用開始)
北京に「二十一世紀飯店」というホテルがあります。このホテルは日本のODA(政府開発援助)が主体となって建てられたものですが、ある日、我が目を疑う光景に出くわしました。そのホテルに北朝鮮代表団が宿泊しており、国旗がデカデカと掲揚されていたのです。他人にあげたものを後から詮索するのは下衆かもしれませんが、少なくとも17人の日本人を拉致した国の要人を日本の税金で建てたホテルに泊まらせる感覚は理解できません。
中国に対するODAは円借款や技術協力なども含めると3兆4234億円に上ります。この巨額の援助で道路や橋などのインフラが整備され、中国の発展に多大な貢献をしたのは間違いありません。残念ながらその事実を知る中国人はごくわずかでしょう。知っていたとしても「戦争の賠償として当然だ」と考えているに違いありません。
一方、東南アジア諸国連合(ASEAN)に対しても日本は10兆円を超えるODAを提供してきました。こちらは日本からの援助を正当に評価し、感謝の念も忘れません。対日感情がすこぶる良いのは周知の通りです。アジア事業の重要性が高まる中、中国事業に過度に依存した体制を見直すべき時期に来ているはずです。(坂田亮太郎)
(引用ここまで)
一応、この編集者は上海支局長らしいので、それなりの立場なのだろうから、最低でも幼稚な感情論で記事を書くべき立場でないのだが、この記事の幼稚さには正直あきれ返ってしまった。突っ込みどころ満載だ。順に行く。
>少なくとも17人の日本人を拉致した国の要人を日本の税金で建てたホテルに泊まらせる感覚は理解できません。
日本のODAは最貧国等に対する人道支援、食糧支援の配分が小さく、将来の日本の進出を見越した社会インフラ整備に傾注されているのは知られている。この編集者が、ODAを元手に出来上がった社会資本等を、日本の(間口の狭い思い込みの)国益に沿うカタチで使ってほしい、と願うのは勝手だが、自分の気に入らない国の旗を掲げさせ、その国の要人を泊まらせるなんて理解ができないけしからん、とはいかにもレベルが低い。一般的にホテル業が国からの依頼による旅客を断ることなど、受け入れの問題でもない限りあるわけがない。このホテルを中国側が指定したか朝鮮側が指定したかは知らないが、どちらからの申し出があって、ホテル側が「ウチは日本のヒモつきのホテルだからチョーセンはお断り」など考えるはずもできるはずもない。外国の要人相手にそんな挙に出ようものならとんでもない国際問題になる。(日本のODAを使うことで出来上がった)立派なホテルだから、中国も安心して外交使節の迎え入れに使ったのだ、と素直に考えればいいではないか?このような物言いは、『おまえら韓国は植民地時代の道路や鉄道を未だに使っているのになんで日本に感謝しないんだ』的クズ言動と同次元だ。
>巨額の援助で道路や橋などのインフラが整備され、中国の発展に多大な貢献をしたのは間違いありません。残念ながらその事実を知る中国人はごくわずかでしょう。
何を根拠にそんなことを言うのだろうか?自分の印象を根拠に言っているのではないだろうか?
ODAが中国の社会資本の整備にも使われたのはその通りだ。例えば先日私は北京空港を利用したが、この空港拡張には日本のODAも多額に用いられたらしい。その巨大さと利用客の多さにびっくりした。出国時に用いた関西空港とは、規模も賑わいもまさに雲泥の差だったからだ。ちなみに北京空港に日本の資金援助が投下されているのを教えてもらったのは、取引相手の中国人ドライバーからだった。
>知っていたとしても「戦争の賠償として当然だ」と考えているに違いありません。
戦争の賠償はせなならんでしょう。自分らが仕掛けた戦争の敗戦国なんだから。それを「当然だ」と考えて受け取るか「ありがたい」と考えて受け取るか、その程度は、受け取る側が考えることであって、日本人がこうあって欲しいと「期待する」のとは別次元の話だ。
>東南アジア諸国連合…対日感情がすこぶる良いのは周知の通りです。
中国については、中国『人』の対日感情に対する「自分の印象」を抽出して問題にしているのに対し、東南アジア『人』の対日感情について、「すこぶる良い」とさらっと言ってのけ、中国と東南アジア諸国をコインの裏表のように「100対ゼロ」で語る感覚とは一体何なのだろうか?かの大戦下で「従軍慰安婦」としてひどい蹂躙を受けたのは、韓国や中国の専売特許だとまさか思っているのではないだろうか?思慮が浅い。
>アジア事業の重要性が高まる中、中国事業に過度に依存した体制を見直すべき時期に来ているはずです。
確かに「過度に」依存するのはリスクヘッジ上問題があろう。しかし、ODAに限らず、中国の至る所に日本の資本は注入されている。都市部を歩けば、日本発祥の小売業の看板も多いし、日本車も走りまくっている。トイレやエレベーターも日本企業のロゴを目にする。また、ここ数年生産拠点を中国から東南アジアにシフトする製造業が増えたとはいえ、日本と中国との経済交流は未だ大いに活発だ。工業地帯に行けば日本企業の工場の看板などいくらでもある。日本の対中国貿易総額(輸入+輸出)は、全貿易相手国のうち、もう何年も一位なのだ。確かに私も商習慣や考え方や成熟度の違いから多くの軋轢も経験しているが、そのことによって即座に「中国とは付き合えない」、とはならない。少なくとも当分は、日本の経済は中国と深く長い付き合いをしていかなければならない。それに日本向けに商品を輸出する企業、その下のスタッフたちは、日本の技術や考え方を謙虚にかつ貪欲に学び、その繋がりを尊ぼうとする者ばかりだ。少なくとも私が実際に見聞し接触する限りは、その様な者ばかりなのだ。中国企業の長年の日本企業との交流が、彼らに成功体験や富を残し、考え方が徐々に成熟度を増しているのだ。しかしこの編集者、テレビの見過ぎか刷り込みが強いのか、これまでに書き連ねた中国に対する悪印象を元にして「カントリーリスク」を語り、さっさと他の市場に乗り換えるように提言している。
ビジネスマンはもっと知的に考え、冷静に計算し、中長期的な取り組みを考えて市場を選ぶ。そうでなければ工場も建てないし仕入れもしない。当然にカントリーリスクも考えるが、トータルのベネフィットから判断するものだ。少なくとも短期的場当たり的な考え方で市場判断をするべきではない。すれば痛い目に遭う。そして、そうではない判断で、多くの企業がなお中国との経済交流を行って、個々に信頼関係を築いているのである。国家がそれぞれの思惑で民心の陳腐な愛国心を煽りそれを利用しているのは悲しい事実だが、ビジネスの世界ではそんなものでは簡単には揺るがない、強固なつながりで、企業や人間が結ばれている。
残念ながら、この編集者、このようなビジネス現場における現実的な空気感や判断という部分に、まともな想像力が及んでいない。緻密な分析などを書く欄ではないから短絡的な筆致になるのはある程度割り引くにしても、こんな近視眼的な筆致で紙幅を埋めようとする発想などは、上海支局長としての適格を欠く、と老婆心ながら申し上げざるを得ない。