いち在日朝鮮人kinchanのかなり不定期更新日記

はてなダイアリーから移行しました。古い記事ばかりになりましたが、ボチボチ更新していこうと思います。

朝鮮学校無償化排除にきっぱりと反対する。理不尽だからだ。

(本当に無償化されなくなったので、タイトルを一部変更しました)

前論、「朝鮮学校について親の立場で考えてみる。」で朝鮮高校の無償化問題について言及したところ、頂戴しましたコメントについてきっちり返信しようとして書きすすめましたら、膨大に文量になってしまいました。
通りすがりさまにはこちらのエントリーにて返答といたします。
ここよりご覧の方は前論より、コメント欄も含めてご覧いただければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/dattarakinchan/20110906/1315331441



寄せられたコメント(通りすがりさま)
>(前略)金政権による人民への弾圧、韓国への攻撃、拉致などの報道を連日見ている私や多くの日本人(おそらく韓国人やアメリカ人なども)の金政権に対する感情は最悪です。
なので、ある程度金政権を肯定している朝鮮学校を、私達が問題視するのも、あなたは理解されている事でしょう。しかし、この「ある程度」が朝鮮学校の子供達を金正日信者にするほどのものではないという事、子供たちに差別を味わわせてまで防がなければならないほどのものではない事を多くの日本人が知れば、無償化反対のような意見もなくなっていくと思います。知らせ、そして知ろうとする努力が大切なのかもしれません。

つまり、通りすがりさまのコメントを整理すれば、以下のとおりです。
・日本人の北朝鮮への感情は最悪である
・よって日本人は朝鮮学校を問題視している
・でも、私の前論を読めば、北朝鮮への親和性は「ある程度」であり、この程度であれば朝鮮学校の生徒を差別してまで無償化を問題にすることはないと考える
・日本でより朝鮮学校への理解が進み、北朝鮮への親和性が「ある程度」であることが分かれば、無償化に反対する声も無くなるだろう

これに対する私の見解は、考え方のベクトルが全然違います。
朝鮮学校の「程度」が「マシ」だから無償化にならないのはおかしいと考えているのではありません。
朝鮮学校「だけ」無償化から除外するのは、理屈が通らないからです。理不尽だからです。
朝鮮学校「だけ」無償化除外を遂行するために巻き添えを食った学校も一部あるようだが、詳しくないのでこの際置く)
以下箇条に述べます。



北朝鮮との距離感が「ある程度」とかというのと、無償化云々とは本来関係がありません。
「全ての人に学ぶ機会を」という立法趣旨なのですから、朝鮮学校の生徒だけが「全て」から除外される理由が無い。「全て」なのだから、本来「北朝鮮がどう」という議論自体が出てくるはずが無いのです。


○私は前論の「反日教育かどうか」という設問のなかで、朝鮮学校北朝鮮現政権との距離について話題にしました。親北朝鮮の立ち位置であることはそのとおりであるし、私自身は北朝鮮の現政権について否定的で、政権の性格および朝鮮学校の立ち位置は改善されることを期待するが、それも踏まえてもなお、我が子を朝鮮学校に送る価値があると考えています。
経験上言える話ですが、教科としてイデオロギーに触れる時間は一定程度あっても強要などされないし、多くは朝鮮語朝鮮歴史などの民族教科、または英語数学日本語などの日本の学校と変わらない教科である。また、子供達は安いプロパガンダにすんなりと乗り、人生まるごとどっぷりはまるほど馬鹿ではないからです(日本の学校でも同じようなイデオロギー教育は、程度の差はあれども存在しますよ)。


○しかし、そうだとはいえ、現在の朝鮮学校の、北朝鮮との親和性、距離感、北朝鮮への寄り具合云々で無償化の是非が議論されるのは根本的におかしい。教育内容が、「金正日一色」なのか「ちょっと金正日」なのか「非金正日」なのかという尺度が、無償化の選別の根拠になるというのは、政治目的でなくて何なのですか?ということです。
「全ての人に学ぶ機会を」「政治目的で判断しない」と言いながら、朝鮮学校「だけ」は自分たちの政治意図で、自分たちが否定している北朝鮮政権との親和性云々距離感云々と俎上に乗せる自体がおかしいのです。
極端な話、「北朝鮮どっぷり」だろうが、「中国共産党どっぷり」だろうが、「創価学会どっぷり」「幸福の科学どっぷり」だろうが、「全ての人に学ぶ機会を」と言っているのだから全て適用で当たり前なのです。すんなりと対象にしないほうがおかしいのです。


○自分達の政治目的を達成するがために、本来争いが無いはずの無償化適用に、朝鮮学校「だけ」持ち出し、朝鮮学校の子供達「だけ」が権利を奪われいるという重大な人権侵害が、「北朝鮮関連だから」是とされる、日本社会の感覚の劣化自体を問うているのです。実際に学校が教科が教師が生徒が北朝鮮にどれだけ肩入れしているかは全く関係ないのです。程度の問題ではないのです。


○政治や外交での「対北朝鮮政策」が一切進まない無策を薄めるためにか、朝鮮学校の子供や保護者を恫喝し踏み絵を踏ませることが「政治」だと大いなる勘違いをし、朝鮮学校の生徒をダシに一旗あげようとする、政治家の面の皮の厚さとは何か?ということです。自治が認められるべき学校教育に政治家が何の抵抗感もなく、「俺が納得するように教えろ」「教えないと金もやらないし認可もしない」と好き勝手モノを言うということを、朝鮮学校に「だけ」やりだした。それを日本社会が「朝鮮学校だから」取り立てて問題にもせず同意(あるいは黙認)した。これは普通に考えると徹頭徹尾理屈が通らないが、(マジョリティーが範囲設定した)北朝鮮関連に限り、「あいつらなら仕方がない」と、急に思考停止に陥り、屁理屈がまかり通る。この感覚の劣化をどう思うか?こんな劣化した感覚の行き着くのはどういう社会か?ということです。多勢の腹の虫、声のでかさ、それひとつで屁理屈でも無茶ぶりでも通る社会とはどういう社会か?ということです。


○日本の教育現場では既にこの国にはその片鱗が見えています。平和や人権の尊さ、民主主義の意味と相互の融和を教える前に、領土をはじめとした近隣諸国とのいさかいを教えよ、過去の歴史の言い訳をせよと言い、はたまた日の丸君が代に無条件で敬意を示せと言う。教育に政治がずかずかと介入してきて己の偏狭なナショナリズムを振りかざし、教育の自由、良心の自由を侵すことを、美徳か何かと勘違いしている政治家どもがなぜか高支持率をたたき出している状況、政治の具に生徒や教師の良心が興味本位に使われている状況、その理不尽が多勢には見えてすらいない現状を、どう思いますか?ということです。


○教育は、親が子に、何を与えるのが妥当かを十分に考えて決めるものです。
そして、学校の設立者は、おのれの信念から、その普及、発展のために、設立理念にかなうカリキュラムを拵えて生徒を集め運営します。
キリスト者ならキリストの教義を、仏教者なら仏教の経典を、カリキュラムに取り入れています。
我々在日コリアンが民族教育を行うのは、おのれのルーツを自覚し、そのアイデンティティを育んでほしいからで、そのために民族教育特有のカリキュラムを組み、独自の教科書で教えています。それに賛同する保護者が子供を送っているのです(北朝鮮に指導されて送っているわけではないです)。
北朝鮮との親和性云々という教育の中身の問題は、民族教育の在り方の議論(通う子弟に有益な教育とは何か、ということ)のなかで、必要あらば当事者が改善なり修正なりをする話です。私も保護者になれば、学校に丸投げにせず関われることがあれば関わろうと思いますが、少なくとも私が現役で通っていたときより相当に路線移行できているので、余り心配していないというのが率直な感触です。民族教育に理解のある日本市民からの意見を組み入れことがあってもいいでしょう。(公立学校ならいざ知らず、)国家が、政治家が、自分の見立てで、自分達に都合よく枠を括って束縛するものではないのです。朝鮮学校各種学校として運営しているのも、カリキュラムの任意性を保つためのもので、一部の韓国系学校が日本の一条校の認定を受けているのとは対照的です。


○もっとも、普通に考えれば何も争いのないところに、下手な騒動が吹っかけられたおかげで、普段民族教育に接触も無い関心も無い内情を知る訳もない人間までどんどん議論(というか文句言い)に入ってきて、朝鮮学校の在り方は日本の社会問題だ的な空気感が醸成されましたが、これは一体何なのでしょうか?
朝鮮学校内部では、自分達の学校のことを「ウリハッキョ」と呼びます。朝鮮語で「私たちの学校」という意味です。これは取りも直さず、自分達自身で資源を集め、自らが運営してきたことを自負を込めて言っているのです。朝鮮学校の在り方はそれに携わる者関わる者が決めるものです。


○昨日今日になって、つまり無償化云々の話が出てきてから、悪意丸出しのネットや、興味本位のマスコミの情報から、「スパイ養成学校」「北朝鮮の洗脳教育学校」を抜き出してきて、妄想を膨らまして勝手なことを言う人が増えてきました。
いままで朝鮮学校に関心も示さず資源も出さず学習もせず何も接点を持たず、それどころかエスニックマイノリティに対する教育機関が何しに存在するのかに対する根本的な理解も持たぬ者が、少ない情報による先入観や偏見で「朝鮮学校北朝鮮系だからはんたーい!」と勝手なことを言ってみたり、面白半分にインタビューやアンケートをばらまきながら、「印象=真実」とばかりにマスコミが愚論を垂れ流し世論が形成されてきました。
挙句に、この機に乗じて、病的な排外主義者や、ただ単に朝鮮人が嫌いなだけの自尊心を持たぬ者が、暗い部屋から久しぶりに外に出てきて、少ない知恵で醜悪を競い合う始末です。
私に言わせると、はっきり言って迷惑で、唾棄すべき存在でしかありません。何しに日本の地に朝鮮学校が存在するのかが理解できないような者が、自分の狭い見識で「反対」だの「帰れ」だの言う人は、何の資格があって言っているのか、自分勝手に言い放ったことの効果も顧みず、勝手なことを言うなということです。まず勉強してから言え、ということです。まずは民族教育という意義の根本を理解をするところからスタートし、実際の教育現場や、生徒、教師、卒業生の想いに関心を向けてから、建設的なことが言えるのであれば適切なルートから言えばいいだろうし、それなら当事者も耳も傾けることでしょう。


○これまでに学校関係者らは、北朝鮮云々も含め、真摯に自分達の民族の教育をどう維持していくかという問題に向かい合って、何も無いところから資源を出し合い、積み上げ、学校を営んできました。既にこの地に朝鮮学校の礎が築かれてから60年以上経ちました。これは在日コリアンの不断の努力で、苦難の歴史は維持されてきました。それだけ守るべき価値があるから60年維持されてきたのです。
しかし教育の中身も、教師や生徒の姿も、いつからあるのかどこにあるのかも、本当に何も知らないのに、勝手なことを無責任に垂れ流され投げつけられ、そのたびに心に傷を負った、保護者、教師、支援者、そして何よりも生徒の気持ちを慮ってみてください。彼らは争いようのないようなことで理不尽ないさかいを暇つぶしのように吹っかけられ、差異がある環境を強要され、傷つかなくてもいいのに長々と傷つき、心身がほとほと疲れています。

長々と書きましたが、
私の考えに同意しろとは申しませんが、現状は、朝鮮学校の生徒、保護者、卒業者には余りに理不尽であることは申し述べさせていただきました。理不尽であるがゆえに怒りにも震えるので、少々過激な物言いになりましたが、どうか意図を汲んでいただきたいと思います。



(蛇足)北朝鮮に対する日本国民の悪感情は理解しないわけではないが、為政者の所業と、その下の民の感情と民の普通の生活は全部次元が違うものである。北朝鮮人民であれば全員が全員北朝鮮政府を支持しているのか?政府という機関の言動と、民の言動を、全部一緒くたにして短絡してしまう思考回路には本当にご勘弁である。いわゆるネトウヨどもにはこのような短絡思考の持ち主の比率が異様に多いように感じる。相手するのも疲れる。



(おことわり)最近、よく分からないネット小売業とか、いかがわしい商品を売る業者が、コメント欄に広告を載せる事例が増えてきましたので、コメント欄を承認制に変更しました。
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